旅する天然石とマクラメアクセサリーのお店 Macrame Jewelry MANO blog

― 宮古島暮らし 海と子どもとマクラメと ―

影の中の光

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光を浴びてキラキラ輝く笑顔の裏側の
あんまり見えないところ
スポットライトがささない一番暗いところ

wato

そこら辺に潜む謎の感情が彼を不安にさせて
それは私たちを少し苦しめるけど
全部繋がってることだってわかってるのも苦しいね

wato

多分その謎の感情は本人も把握しきれてなくて
曖昧でスッキリしなくて
うまく言葉になんないから
叫び声とか涙とかイライラになって出力されて
私たちにぶつかる

wato

ぶつかるとそれはまた
跳ね返る形で彼にぶつかり
痛みを伴う

wato

それをぶつかるんじゃなくて
うまくキャッチして
胸に抱いて
まぁるくして
あっためて
柔らかく
粘土みたいじゃん
一緒になんか作っちゃおう
簡単じゃないけど大丈夫、諦める人うちには居ないから

wato

表の裏には光が届かなくてとても暗く
それは影と呼ばれるけれど

wato

目を凝らして見つめると
本当は美しい
酷く滑稽な様が美しい
その美しさを知ってる

wato

暗闇で光を待つより
何なら発光しちゃえばいいのさ

wato

簡単じゃないかもしれないけど大丈夫
その光はもう私たちには見えてるから

wato

一緒にもがこうぜ
成長は時々にがくて痛いね

wato

踊る胎児

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胎教という言葉、
生まれてくる子どものために
お腹にいる時から音楽聴かせたりなんなりってイメージだった。
振り返ってみるとうちの場合は
コニにやらされてた感。。。。

海とコニ

彼女は赤児の頃から海が大好きで
一日中海で過ごしてた。泳ぐのが大好き。
冬も泳ぎたがるし、幼稚園から始めたスイミングスクールもずっと楽しそうに通ってる。
コーチのレッスンが終わって最後自由時間、環人くんを含め普通はみんな子ども同士でボール遊びや大きなビート板みたいのに乗っかったり、コーチと遊んだりするんだけど
コニは、、、、
ひたすらひとりで潜ってる。
しかもすごく楽しそうに!!
上に出てくるたび笑顔。
友達出来ないんかなって初めは心配したけど
彼女にとっては水が友なんだと思う。

足のサイズがほぼ一緒になってきたので
今年は私のスペアでロングフィンデビューしちゃった。

コニ ロングフィン ニライ号 漁礁 八重干瀬

一方私といえば、
子供の頃から大して泳げなかった。
嫌いじゃなかったけど
好きってほどでもない。
大人になっても海は専ら眺めるもの。
冬の海とか夕暮れとか夜の海が好きだった。
12年前はメキシコのセノーテでは浮き輪してたぐらい。

それが妊娠してまだ気付かない頃だったけど
ボリビアのチョコレート色したアマゾン川の支流で
川イルカちゃんと泳いだ。
もちろんチョコレートの深さはわからない 笑

アマゾン川支流

コニがイルカちゃんと泳ぎたかったんだね。

アマゾン川支流 ワニ

写真はワニだけど (笑)

そのボリビアの後
ペルーに移動して妊娠を認識したのち
またペルー側のアマゾンの方に居たんだけど
その頃何故かやたらとブルーハーツが聴きたくなって
iPodに入ってるブルーハーツの曲だけずっとシャッフルして延々と聴いてた。

そして今、コニはブルーハーツ大好き。
カラオケで歌ってる。

コニの趣味だったのね。

すっかり大きくなったお腹で宮古島へ来てからは海で浮いてた。
そして何故か私は全く興味のなかったフラダンスを流れでやることに。
元々さっぱり運動した事ない私、
お腹張り過ぎて結局2カ月で辞めてしまったんだけど

コニが踊りたかっただけだね。
笑える。

プアエナ宮古 2019 コニ

コニがまだ私の胎内を住処にしてた頃
早くも彼女に色々誘導され
新しい喜びをいっぱい体験出来たんだね。
そう考えてみると胎児の頃から変わってないね、來虹さん。

プアエナ宮古 2019 コニ

そんなコニのおかげで私はまた楽しませてもらってる。

プアエナ宮古 2019 コニ

幼い頃から憧れていたフラのハラウ(チーム)にやっと入れたコニ。
毎日踊ることが楽しくて仕方ない。
嬉しそうに踊る。
その眼には情熱がみえる。
キラキラ輝いてる。

プアエナ宮古 2019 コニ

みていると
腹の底よりももっともっと奥深いとこから
愛おしさが溢れてくる。
こんな気持ちにさせてもらえるって
感謝しかない。
産ませてもらえてありがとう。
情熱に出逢ってくれてありがとう。

自らの内側に燃える情熱の灯を出力する術を得たときのエネルギーは美しい。
表現とは命だな。

プアエナ宮古 2019

そんな美しい命の輝きを踊らせる
フラダンスのホイケ(発表会)があります。
大人も子どもも情熱をもって練習に励んでいます。
美しい命の輝き、是非見に来て下さい♡
私もチケット販売してます。
お気軽にお問い合わせ下さいませ。

プアエナ宮古 ホイケ 2019

Halau Hula O Pua'ena Miyako
Ho'ike vol.5 Lokahi〜調和と絆〜

2019年11月3日
13:30開場
14:00開演
場所:マティダ市民劇場
入場料:950円(未就学児無料)

一緒に情熱感染しちゃいましょう。

10年前の5月の終わり、旅の果て。

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早くも終ってしまった5月。
始まったばかりと思ってた今年が
もうすぐ半分だなんて
笑っちゃうな。

宮古島 海遊び バラス 八重干瀬

お店なんかをやっていると
時々聞かれる宮古島移住の理由。

宮古島 キビ畑

「海が好きだから」でも
「田舎で子育てをしたくて」でも
「観光地でお店を開きたかった」でもなく
気が付いたら
海に恋して、田舎子育てして、お店を開いて暮らしてただけ。

もしかしたら理由って特にないのかも。。。
でも、流れはあった。
一つの旅路。

宮古島 海遊び 八重干瀬

2006年メキシコの田舎町で
「みやこ」という地名を初めて知った。
宮古島にキビ刈りとか季節労働しながら住んでいた友人から聞いたのだ。
そう、最近パパになった大好きなアイツから。

宮古島 海遊び 赤ちゃん

その頃私は初めて
東京の実家から出て暮らしてた。
3カ月の予定で旅に出たメキシコで。

宮古島 海 ビーチ

家族と仲良しだったし
東京は仕事もあるし
実家を出て暮らすなんてイメージを持たぬまま
20代半ばになった私は
やりたかった仕事に恵まれ
1日14時間労働を必死でこなし
すし詰めの小田急線に揺られる
それなりに色の白い女だった。

宮古島 海遊び 八重干瀬

そんなんがメキシコ来てみたらしっくり。
帰りの航空券は煙となった。

宮古島 子育て

当たり前に暮らしていた「東京」は
離れてみると恐怖に似ていた。
全く帰れる気がしない。
メキシコに一年暮らした後、私は旅人に。
計画的に動くタイプだった私が
無計画に明日の自分を自由に暮らす生き方はチャレンジだった。
キューバ行って
NY行って
そっからボリビアへ飛んだ。
「まだ日本帰れないな、どうしたもんか」
そんなぼんやりした問題を抱えつつ
南米をウロウロしてた。

宮古島 海遊び

そして或る日「は!」っとする。
「日本って東京だけじゃないじゃん!!」
目からうろことはこのことだった。
本気で気付いてなかった。
「帰国してから東京以外に住んだらいいんじゃん!!
か、、、帰れる!
あー。じゃあ宮古島に住もう!」
なんで宮古だったのかよく分からないけど
それ以外の選択肢は特になかった。
ミヤコジマという音が妙にしっくりきた。
そのうち日本に帰って宮古島に住むと決めたら
何だかすっごく気が楽になったんだった。

ペルー デート

そんな風にプラプラ旅してる頃に
エクアドルで主人と出逢い、虹を孕み、帰国を決めた。
当時主人も三年出っ放しの旅人。
「日本帰ったらどこ住む?」って聞いたら
『何処でもいいよ』
「宮古島住みたいんだけどいい?」
『沖縄行ってみたかったしいいよ』
今考えると軽っ!!
そんな風にして沖縄すら来たことのない
三年日本を知らぬ若き二人が宮古島へ移住してきたのが
10年前の5月の終わりだった。

宮古島 海 妊婦

もう10年だなんて
笑っちゃうな。

5月のお庭

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先日梅雨入りし
晴天が続くあまのじゃくな宮古島。

ガーデニング ウッドデッキ アラマンダ

最近はよく主人と二人で庭仕事をする。
(と言っても私は指示ばっかり 笑)

この季節はお庭が最高に気持ちいい。
友人から貰った苗たちを植えたり
木の植え替え、種蒔き、剪定、草むしり。
今日もそんな幸せな1日。

ガーデニング

7月で四年目を迎える我が家のお庭。
此処は元々キビ畑だった。

ガーデニング

四年前のなーんにもない更地時代。
家を建てるより先に私たちは木を植え始めたんだった。

ガーデニング 扇芭蕉

一番初めに植えたのは今や大木となったオオギバショウ。
別名「旅人の木」
旅人から始まった私たちの暮らしにふさわしいね。

ガーデニング

懐かしい小さなワト君。。。
ハイビスカスもまだ苗だったね。


お庭づくりをはじめ
草むしりする時
当初すごく罪悪感があった。
お庭に育って欲しい木や花は大切にして
雑草と呼ばれる子たちを抜いてしまうエゴっぷり、
どうも自分自身が腑に落ちなくて。

そんな中
草を抜く時、すごく気持ちいい事に気付く。
根っこからするっと抜けたり
土と綱引きする様な感覚だったり
いつもは秘められた根が露わになった瞬間も
私は気持ちいい。
それは一つの癒しだった。
育てたい植物たちがその葉や花を繁らせ魅せてくれる癒し、お野菜が食卓に並び栄養として私たちに与えてくれるエネルギーと同じで
雑草たちはその土との戯れ、抜くという行為の中に癒しをくれてるなぁと。
だからありがとうの気持ちで抜ける様になり、めでたく解決 笑

腑に落ちない事をするのってストレス。
だから答え探しちゃうのが私の癖。

ガーデニング モリンガ

一昨年の台風で倒れたモリンガも復活して空に大きく手を伸ばす。
あの時も泣いたなぁ。

ガーデニング DIY

ガーデニングと並行してDIYも常に進行中。
ちょっと前に完成した自転車置き場。

ガーデニング アデカヤシ

去年友人宅から貰ったアデカヤシも
ご近所さんから分けてもらったネギも元気いっぱい。
土が合わなくて弱っちゃったパイナップルたちは全部鉢植えに変えたとこ。

ガーデニング スパイラルガーデン

そのパイナップル畑だったところに
適当だけどスパイラルガーデンも作ってみた。
トップには友人から譲り受けたレッドジンジャーを。
これからトゥルシーも植えたいな。

ガーデニング ピタンガ

ピタンガの新芽が可愛い。

ガーデニング ローゼル

毎年植えてるローゼル。
今年は発芽率が低くてちょっと心配。

ガーデニング ガーベラ

玄関脇には壁と似たピンク色のガーベラ。

昨日は先日のブログを読んだお客様がガタにお花を持ってきてくれた!
嬉しいな。

ガーデニング

小さながじゅまるがガタのかわりに大きくなっていくのを見つめていくよ。
家族4人いつも一緒だよ~の気持ちを込めて植えた4本のテッポウユリ。
お別れした季節に咲く花。
台風にやられませんように!

ガーデニング ハイビスカス

今日は庭中の色とりどりのハイビスカスを。

ガタの死を通して
みんなの優しさに触れて
我が家は幸せに暮らしています。
みんなありがとう。


白靴下に燕尾服のあいつ

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未だ
ちょっと油断すると涙が出てしまう。
だけどなにか
出力しないと進めない感じがして
泣きながらでも書こうと思った。
あれから何かが私の中で止まったまんま。

gata 猫

環人くんの入学のお祝いの翌々日。
その日は夕方
みんな出かけていて、家にいたのは
キッチンに立って
夕飯の支度をしていた私だけだった。

小学生の男の子が3人、喋る声がする。
窓から見える。
ひとりだけは私もお友達で
後は知らない子。

寝てるの?
でも目が開いてるよ。
死んでる。

聞こえた会話。
下らない。
間に受けなかった。
ただ
甘えん坊のガタが小学生の声に
反応しないで寝てるって変だなって思った。
よっぽど苦手なタイプなのかな?
人見知りしない子なのに。
そう、気になった。

気軽に死ぬっていう言葉を使う小学生がやだなって思って会いたくなくて
3人が去ってから直ぐに外に出た。

ガタって呼んだら
いつだって彼はかけてくるし
お返事もする。

だけどそこに居るはずのガタの
動かないカラダに
ハエが飛んでいた。
ガタのカラダだけ其処に在って
ガタが居ない。

ほんの40分程前まで一緒に居たのに
意味がわからなかった。

震える手で主人に電話するのは難しくて
時間がかかった。
滅多な事では怒らない主人が
落ち着け!って電話越しに怒鳴った。

待つ時間は長かった。
しゃがみ込む私を見て
近所のおばちゃんが
具合が悪いのか?って心配して来てくれた。

gata 猫

赤ちゃんの頃から滅多に泣かない
コニの大きな泣き声が
車の中から
エンジンの音をかき消してた。
家族が集まり
小さな体を囲んだ。

本当に生き返らないの!?
ってコニが言った。
私もそう思った。
魔法とか何で使えないんだろう。
何で生き返らせ方知らないんだろう。
ガリガリで迷い込んできた仔猫は
こんなに大きく育ったのに
数十分見ない間に命を失くした彼に
命を取り返してあげられないのが
不思議にも思えた。

gata 猫

ガタはまだあったかくて
柔らかくて
さっきまでここにいたんだった。
でも一体
何処にいっちゃったんだろう。
あの可愛い声とか
動きとか、甘えん坊の彼の中身は
何処にいっちゃったんだろう。
カラダを置いてどっかにいっちゃった。

gata 猫

ガタはウチの末っ子で甘えん坊。
ウッドデッキで洗濯物を干していると必ず
私の足を枕にして甘えてくる。
健二さんが庭で木工する時は
うるさいはずなのに
すぐ近くの小さなガジュマルの木陰でお昼寝するんだった。
子どもたちにいくら抱かれても
キョトンとして身を委ね
いつまでも抱っこされていた。

gata 猫

私たちはいっぱい彼を撫でて
そしてあのガジュマルの下に穴を掘った。
庭中の花を摘んで優しくガタを包んだ。
そしていっぱいありがとうを言って
みんなで手で土を優しくかけた。
中身を失くしたガタももう見えない。
メキシコのコパールのお香を
線香代わりに一本ずつさした。
中南米の教会の匂いがした。

gata 猫

夜遅くなってから
健二さんが「最後のガタ飯あげよう」って言った。
私がキッチンで作ってたガタのご飯が
行き場を失ってまだお鍋の中にいた。
私がまた激しく泣いてしまって
コニも起きて
3人で最後のガタ飯をあげた。

今考えると私たちはガタのご飯を
エサと呼んだことがなかった。
私たちの毎日ガタ飯を作る習慣は
毎晩お線香をあげに行くことに変わった。

gata 猫

末っ子を失った環人は
前より甘えん坊になってしまった。
本当に大切な存在を失った経験を初めてした來虹はその小さいハートで沢山の新しい想いを抱いたと思う。

 gata 猫

私は猫アレルギーだから
彼を胸で抱きしめて顔埋めたり
すりすりしたりぎゅーってしたり
一度も出来なかった。
熱が出ても蕁麻疹が出ても寝込んでも
一度くらい思いっきり抱きしめたらよかった。

gata 猫

ガタの死を以って
私たちはいろんなことを学んでいる最中だ。
愛おしいヤツらにその愛おしさを
惜しみなく表現しようと思う。

生前のガタを可愛がってくれた皆さま
ありがとうございました。
ガタは一年も生きることが出来なかった。
でもその短い生涯で私たち家族に与えてくれた事はとても多かった。

gata 猫

燕尾服に白靴下。
愛する末っ子ガタ、ありがとう。

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