旅する天然石とマクラメアクセサリーのお店 Macrame Jewelry MANO blog

― 宮古島暮らし 海と子どもとマクラメと ―

第三の眼で垣間見る

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終わってから随分時間が経ってしまったけど
コニのHULAのHoike(発表会)、無事に終わりました。
ご来場いただいた皆様ありがとうございました!!

コニ フラ
photo by emiuchix

コニ フラ
photo by emiuchix

主人もフラガール達の当日リハーサルと同時にフルマラソンスタート.。
安定の自己記録毎回更新(今回は4秒だけでギリギリ!)して何食わぬ顔して開演前には席についてました。笑

コニ フラ

フラダンスを学ぶ娘を通して私自身も色んな経験をさせてもらい、幸せ噛み締め中。

コニ フラ

オンラインショップの為に買ったものの
ガラケーからiphone様に切り替えてからは専ら写真はiphone様頼みで
正に宝の持ち腐れというやつで年に数回しか登場しなくなっていた一眼レフさん。
それがコニのフラでなんかスイッチ入って撮り始めたら楽しくて。

コニ フラ

それまで基本、単焦点での接写物撮りだったので望遠で人物って家族以外あんまり撮った事なかった。
海外に旅中は一眼持って行かない派。
どんな美しいシーンに出会っても人物勝手に撮るの苦手で撮れないし。
カメラ目線でポーズきめてる写真は撮る気持ちよさあんまりないしそれこそiPhoneでいいし。
だから結局のとこ被写体は家族と風景と動物が多くなっちゃうのよね。
そんなこんなですっかり出番がなかった。

コニ フラ

それがここにはフラガールという被写体がいっぱいいる!
気分的にはバレリーナ描くドガ的な。(わかる人にわかればいい 笑)
超楽しくなってしまった。

コニ フラ

とはいえホイケにはカメラマンさんがいるので、完成されたショーの写真はプロにお任せして本番までの未完成なシーンを切り取ろうと思いたち、静かにシャッターをきりはじめた。

コニ フラ

本番に向けて重ねていく練習をファインダー越しに見つめていると、ただ見ていただけでは全然気付かなかった事が色々見えてくる。
緊張とか迷いとかワクワクとか伝染してくる。

コニ フラ

ひとりひとりに焦点を合わせていくとまるで映画の様にサイドストーリーが描かれていく。
より一層、みんなを好きになってしまう。

コニ フラ

カメラが顔を隠してくれるのを良い事に一人で曲に合わせて歌ったり、笑ったり泣いたりしながら撮ってた。

コニ フラ

カメラのレンズはまるで第三の目。
自ずとテーマも見えてきた。
10年後に振り返った時に、この時の情熱を思い出し自分自身(フラガールたち)を抱きしめたくなる様な写真にしたいな、と。

コニ フラ

コニの保護者としての立場ではあるもののこのハラウに関われてよかったなと思う。
入る前は正直、ステージママたちとの関係とか上手くいくかなって少なからず不安があったのだけど無駄な心配に終わった。
母たち外れなくみんないい人たち!!
何もわからぬペーペーの初心者にとても丁寧に色々教えてくれてすごく心強かった。
でまた喋りが面白くて、待ち時間も楽しいんだよね。
踊る子供たちも可愛いけど親たちもみんな愛情にあふれてて大好きになってしまった。
色んな家庭の親子愛、カメラ越しに垣間見るのも乙です。

フラ ティリーフ

さてコニの所属するプアエナ宮古(Halau Hula O Pua‛ena Miyako)では12月から3月までの間新規メンバーを募集いたします!
見学・体験レッスンもありますよ。
大人も子供も興味ある方はお気軽にご相談くださいな!

コニ フラ

※写真は個人のアップが多いのだけど許可取ってないので無難なのしか載せてません!
いいのいっぱいあるんだけどなぁ。

踊る胎児

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胎教という言葉、
生まれてくる子どものために
お腹にいる時から音楽聴かせたりなんなりってイメージだった。
振り返ってみるとうちの場合は
コニにやらされてた感。。。。

海とコニ

彼女は赤児の頃から海が大好きで
一日中海で過ごしてた。泳ぐのが大好き。
冬も泳ぎたがるし、幼稚園から始めたスイミングスクールもずっと楽しそうに通ってる。
コーチのレッスンが終わって最後自由時間、環人くんを含め普通はみんな子ども同士でボール遊びや大きなビート板みたいのに乗っかったり、コーチと遊んだりするんだけど
コニは、、、、
ひたすらひとりで潜ってる。
しかもすごく楽しそうに!!
上に出てくるたび笑顔。
友達出来ないんかなって初めは心配したけど
彼女にとっては水が友なんだと思う。

足のサイズがほぼ一緒になってきたので
今年は私のスペアでロングフィンデビューしちゃった。

コニ ロングフィン ニライ号 漁礁 八重干瀬

一方私といえば、
子供の頃から大して泳げなかった。
嫌いじゃなかったけど
好きってほどでもない。
大人になっても海は専ら眺めるもの。
冬の海とか夕暮れとか夜の海が好きだった。
12年前はメキシコのセノーテでは浮き輪してたぐらい。

それが妊娠してまだ気付かない頃だったけど
ボリビアのチョコレート色したアマゾン川の支流で
川イルカちゃんと泳いだ。
もちろんチョコレートの深さはわからない 笑

アマゾン川支流

コニがイルカちゃんと泳ぎたかったんだね。

アマゾン川支流 ワニ

写真はワニだけど (笑)

そのボリビアの後
ペルーに移動して妊娠を認識したのち
またペルー側のアマゾンの方に居たんだけど
その頃何故かやたらとブルーハーツが聴きたくなって
iPodに入ってるブルーハーツの曲だけずっとシャッフルして延々と聴いてた。

そして今、コニはブルーハーツ大好き。
カラオケで歌ってる。

コニの趣味だったのね。

すっかり大きくなったお腹で宮古島へ来てからは海で浮いてた。
そして何故か私は全く興味のなかったフラダンスを流れでやることに。
元々さっぱり運動した事ない私、
お腹張り過ぎて結局2カ月で辞めてしまったんだけど

コニが踊りたかっただけだね。
笑える。

プアエナ宮古 2019 コニ

コニがまだ私の胎内を住処にしてた頃
早くも彼女に色々誘導され
新しい喜びをいっぱい体験出来たんだね。
そう考えてみると胎児の頃から変わってないね、來虹さん。

プアエナ宮古 2019 コニ

そんなコニのおかげで私はまた楽しませてもらってる。

プアエナ宮古 2019 コニ

幼い頃から憧れていたフラのハラウ(チーム)にやっと入れたコニ。
毎日踊ることが楽しくて仕方ない。
嬉しそうに踊る。
その眼には情熱がみえる。
キラキラ輝いてる。

プアエナ宮古 2019 コニ

みていると
腹の底よりももっともっと奥深いとこから
愛おしさが溢れてくる。
こんな気持ちにさせてもらえるって
感謝しかない。
産ませてもらえてありがとう。
情熱に出逢ってくれてありがとう。

自らの内側に燃える情熱の灯を出力する術を得たときのエネルギーは美しい。
表現とは命だな。

プアエナ宮古 2019

そんな美しい命の輝きを踊らせる
フラダンスのホイケ(発表会)があります。
大人も子どもも情熱をもって練習に励んでいます。
美しい命の輝き、是非見に来て下さい♡
私もチケット販売してます。
お気軽にお問い合わせ下さいませ。

プアエナ宮古 ホイケ 2019

Halau Hula O Pua'ena Miyako
Ho'ike vol.5 Lokahi〜調和と絆〜

2019年11月3日
13:30開場
14:00開演
場所:マティダ市民劇場
入場料:950円(未就学児無料)

一緒に情熱感染しちゃいましょう。

コニと私の10年

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宮古島で暮らして10年
結婚して10年
母になって10年
そして來虹はこの前台風のさなか、10歳になった。

石垣島

夏休みに子どもたち2人だけで主人の実家に帰ったコニの物欲はすっかり満たされ、
私へプレゼントのリクエストは特に無し。
ということで自分が欲しいモノを贈ってみた。

宮古島 パラグライダー

初パラグライダーという体験を。
スリランカで乗った気球以来のダイレクト空!
むちゃくちゃ気持ちよさそうだった〜〜
私も早くやりたいわー。

宮古島 パラグライダー

宮古島 パラグライダー

宮古島 パラグライダー

宮古島 パラグライダー

そして一応カタチ在るものとして
ブライスにコニとお揃いのパウを。
小さいサイズ困難。
まち針刺さりまくって流血しながら作ったさ。
いつまで経っても裁縫苦手。

どちらも満面の笑みで喜んでくれて
私幸せ。


そんな彼女、7月の私の誕生日には
とても驚かせてくれた。

その日起きてすぐに
「お母さんお誕生日おめでとう!」
と言ってくれたのはまだ目が開ききってない環人君だった。
起きた瞬間と同時に言えるって
どれだけ言おうと計画して眠りについたんだろう。
彼らしくて嬉しかった。
一年生になってなかなかの長文のお手紙も書ける様になって、綺麗な貝殻もプレゼントしてくれた。

八重干瀬 ワト

私はそのあと失敗をした。
キッチンに貝殻がいっぱい塩抜きに水に浸けてあって、それはコニが前日に潜って拾ってたものだった。
全部藻がついてて、緑色だった。
私は単純に謎で、彼女に質問した。
「なんで藻がついてるの拾うの〜〜?」
そしたらコニは「じゃぁ捨てるー」と
貝の入ったボウルを持って庭に出た。
すぐさまキッチンに深刻な顔をした環人が走ってきて
「お母さんへのプレゼントに頑張って拾ったんだよ!コニ可哀想!」と言って泣いた。
「!お母さん謝ってくる!!」
庭で貝殻を流してるコニに謝った。
「別に〜」とホントにさほど気にしてない様な顔だったけど、彼女は割とポーカーフェイスだからな。。。
胸がチクリと痛んだ。

しまったなぁ。。。と思いながら
私のお店へ行くとカウンターに手作りの箱があった。
可愛いリボンがいくつも重なって縁取ってあり、ビーズに貝殻、お花の飾り、可愛いシールがいっぱいついてダンボールで作ったハート形の箱。
そのマテリアルたちはコニがコツコツと集めていたものだ。
中には小さな手作りの封筒が沢山入っていた。
前夜、コニに封筒の作り方を聞かれて私はちょっと面倒くさそうに教えてしまった事を後悔した。
私の為だったんだ。
一つ一つ開けて私は驚く。

八重干瀬 ドローン バラス島

小さな可愛い貝殻が沢山(藻はついてなかった 笑)
そしてキーホルダーが2つ。
ワンショルダーのビキニとロングフィンにマスク姿の私が描かれたお手紙にはこうあった
「あのキーホルダー、まちきれなくてすぐにかっちゃった」

かなり前、そう多分数ヶ月前に一緒に買い物している時に
「自分のお金でキーホルダー買っていい??」
何やら興奮気味のコニに聞かれて承諾したんだった。
私も子どもの頃はキーホルダーとか好きだったなぁって思って見てた。
自分のお金でお買い物する様になったんだなぁ。
よっぽど欲しいんだなぁ。
謎だったのが、アルファベットのついたデザインのものなのに自分のイニシャルじゃないのを選んでいた事。
その時私は全然気付かなかった。
それが私の為に選ばれたミチコのMだということに。
あんなにずっと前から私の誕生日を祝うことを楽しみにしていてくれたんだね。

イルカちゃんにMがついたキーホルダーは愛車のバックミラーに。
亀さんのは愛車のキーにつけた。

八重干瀬 ドローン バラス島

ビックリして喜ぶ私を見て嬉しそうに照れるコニと
思いもよらなかったコニからの上等なプレゼントを見て自分のより嬉しいはずとショックを受けてまた泣いちゃった環人。
2人が愛おしすぎて泣けた。
毎日毎日、あなた達が居てくれることが何よりのギフトですわ。
その日は八重干瀬へ。
來虹と水中で2ショット撮ってもらって大満足でした。

コニ ロングフィン ニライ号 漁礁 八重干瀬

因みに主人がおめでとうって言ってくれたのは夜寝る前、、、
どうせならはよ言ってよ。。。笑
(でも遅くまで海行ってたトコ、お家でBBQ の準備してくれてた!ありがとうよ)

コニを産んで私は母になった。
あの日から10年。
宇宙にみた彗星はこんなに大きくなった。

今でこそよく笑い、甘えてくる彼女だけど一時期はあまり性格が合わず、正直どうしようと思うこともあった。
当時、誰一人知らない地域に引っ越しての小学校入学は彼女にとってストレスだったに違いない。
温厚な彼女がちょっぴり荒れて、幼い環人に当たっているのを見ると辛かった。

そんなコニと、
ワトと私と3人でメキシコへ行ったのは1年生の秋。
いつも頼りになるお父さんが居ない事で
私達は協力し合い、役割り分担を見いだしながら旅したのは尖ったコニがまぁるくなるのにとってもいい時間だった。
欠如というものは時に大きなギフトだという事に改めて気付かせてもらった。

メヒココニワト

そしてこの春
ちょっとしたミステイク(笑)から、家族四人の予定がコニと女子二人になったインド旅。
コニも私も3回目のインド。

コニインド

コニインド

環人が生まれてからずっと
姉というポジションを任されていた彼女が解放され、すっかり甘えん坊になった。
素直にべったり甘えることの難しさは、長女として生きてきた私もよく知ってる。
彼女はいい感じに素直になり、以前よりも色んな事を話す様になった。
またしても仲良し姉弟の欠如によって得られたものは大きかった。

コニワト

そんな今
コニ、本当に可愛すぎる。
可愛い時期って赤児の頃がピークなのかと思ってたけど、違ったらしい。
衰えを知らない。
愛は無限大なんだなぁ。

コニインド

成人までもう折り返し地点に来てしまったコニ。
嬉しい成長、だけど
べったり一緒に居られる時間の
カウントダウンでもある時の流れは
ちょっと切ない。

コニ 赤ちゃん

來虹さん10歳おめでとう。
私も母10年生おめでとう。
これからも仲良く楽しく宜しくね。


※ってお誕生日9月6日だったんだけどね!
台風でネット回線断絶何度もしてて書けなかったんだよ〜〜

夏休みの小さなアスリートたち

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父よりも詳しいことと言えばルーズソックスの履き方くらいなものだった私が初めて
「私の方が詳しく知っているモノ」に出逢えたと感じたのは大学生になり専門的な分野を学び始めた頃。
父親が一人の人として意識された事を覚えてる。
オトナの階段の小さな一歩だったと思う。

しかし我が子達は早くも既に私の経験をすっかり超えてしまった。
アドバイスのしようがない。
私にとって未知だ。
私が彼らに言えることはたった一つ。
それは、「頑張れ!」だけだった。

石垣ジュニアトライアスロン 飛行機 コニワト

主人のアスリート仲間から石垣島ジュニアトライアスロンの話を勧められた。
私なら今まで生きてきた38年間どのタイミングでその声をかけられても答えは間違いなくNOでしかないが
(そもそも誰も誘わないから 笑)
彼らは即答で「やりたい!」と応えた。
完全に主人の血だ。

宮古島空港 プロペラ機

という事で私たち家族は夏休み真っ只中、宮古島からプロペラ機で30分程度のお隣さん石垣島へ。
虹が真下から見送ってくれた。
愛してるよ、宮古島♡ちょっと八重山行ってくるからね!

飛行機からの虹 宮古島

結婚10周年にして初の国内家族旅行。
実家ファミリーと旅行とか、親戚の住む場所へ行く事はあったけど我が家だけでレンタカー手配して宿とってって初。
海外だとテキトーなのに国内はビビって用意周到な感じになってしまう。

家族旅行

そんなこんなで大会前日に石垣入りし大会当日の朝も虹からの始まり。
専用のウェアもチャリ(バイクって言わないとアスリートに睨まれそう)も何にも揃ってない初心者ど素人だけど健二さんの背中見てきたから大会の雰囲気には慣れてる、コニワト。
が、実は健二さんトライアスロンはまだ未踏の領域。
来春の挑戦を目標に掲げる中、思わぬタイミングでまさかのコニワト先にデビュー。

石垣ジュニアトライアスロン

本気スポーティーでショートカットの女の子が多い中、一度も鋏を入れたことのないコニの後ろ髪はかっちり編み込みでのぞむ。
お団子しちゃうとヘルメットかぶれないし。

レース内容は二学年ごとにそれぞれの距離が変わってくる。
コース内に保護者は入れない。
本人がしっかりコースと流れを把握して着替えたり色々しなきゃいけない。
競技は各学年男女別。

環人が先にスタート。
1年生は
スイム50m(ビート板可)
バイク2000m
ラン500m

宮古島には無い50mプール。
ライバル達に誰も知り合いも居ない中、スタート!
白いビート板が環人くん。
いつもへなちょこキャラでふざけてばっかりな彼が超頑張って泳いでる。
みたことのない姿。
運動会や発表会もいつもニコニコくねくねしちゃう彼が一心に泳いでる。
いきなり泣ける母。
頑張れ!!!

石垣ジュニアトライアスロン

泳ぎ切ったら水着のまま走ってバイクに。
モタモタしながら自分でセッティング。

石垣ジュニアトライアスロン

まだ早いよ~、って言ったのに意外と2歳から自転車に乗れた環人くん。
チャリに乗ってる時が1番生き生きしてるんじゃないかなって思う。
そんな大好きなチャリンコ!風を切る!
頑張れ!!!
競技場の外周回って最後のランへ。

石垣ジュニアトライアスロン

トラック内は見えないのでゴール手前で待つ。
時間が長く感じる。
まだ来ない。。。
転んだのかな?大丈夫かな?
ドキドキしていると
今まで見たことない顔
今まで見たことない疲れっぷりで
動きが全然違う環人くんが走ってきた。
あとちょっと!!頑張れ!!!
ゴーーール!!

石垣ジュニアトライアスロン

いつもお喋りな環人くんも疲れ切って何も言えない。
見たことない、男の顔。

石垣ジュニアトライアスロン 

二年生のお友達も全力で応援して無事完走♪

石垣ジュニアトライアスロン

コニ四年生。
スイム100m
バイク3600m
ラン1000m

緊張感が伝わってくる。
スタート!
学校のクラスではそんなに泳げる子がいないからずば抜けてて常に自信を持てたスイム。
だけどここはみんなトレーニングして臨んでいる大会。
みんなが泳げて当たり前。
それでも1分先にスタートした男子を抜かしていく。
ゴール前に健二さんはバイクに乗るポイントへ移動。
頑張れ!!!
私は最後までドキドキ目が離せず、無事スイムゴールを見届けて移動。

石垣ジュニアトライアスロン

バイクスタート地点に私が到着した時にはもうコニはスタートしていた。
四年生になるとライバル達はみんな本格的なロードバイクばっかり!
そんな中、コニだけママチャリ!
だってまさかトライアスロンやるとか考えたこともないしファンシーなやつ買っちゃったよ。
それでもちゃんと頑張ってる。
マシンの性能の差は明らかだっし、ヘルメットもスケボー用に買ったものだったけど彼女は文句を言わなかった。
コニかっこいいぞ!
頑張れ!!

石垣ジュニアトライアスロン

そして最後はラン!!
幼い頃から口に出して「やる!」と言ったら絶対やる女、それがコニ。
「頑張れ~~!!!」って応援するけどもそんなこと言わなくたって彼女が頑張るのは一番わかってる!
苦しそうな顔で足上がらないけど必死で進む彼女に頑張れしか言えない私。
胸が苦しい。

石垣ジュニアトライアスロン

応援する声が涙声になってしまう。
頑張ってほしいけど頑張りすぎて倒れないでーーー!
ゴーーール!

石垣ジュニアトライアスロン

石垣ジュニアトライアスロン

強すぎる陽射しの太陽が声援をおくる中、二人ともよく頑張った!!
最高だよ。泣
そして母は胃が痛い。
楽しいけど胃潰瘍になりかねない。
そしていつもは応援される側しか知らない健二さんのソワソワよ。

2人とも完走おめでとう。
母は君たちに敵いません!
本当に尊敬します。
そしてありがとう。


いっぱい頑張った後は八重山満喫!
オニササ、マンゴー、パイナップル♪
宮古島にはないやつ楽しもうをテーマに
川と海が繋がった場所へ。
スコールも気持ちいい~~!
因みに石垣、宮古と違って風があまりなくて暑い!

石垣島 川遊び

早起きだったしバタンキューだね。

石垣ジュニアトライアスロン コニワト

翌日最終日も虹から始まり。

石垣島 コニワト

念願の山登り。
宮古にないやつ!
序盤に泥水にハマった環人くんのチキンっぷりは酷くて、
昨日トライアスロン完走した人とは思えなかった 笑
何回「帰るー戻るー」言ってたっけ?

石垣島 山登り

コニは海も山も楽しめる自然児っぷりを発揮。

石垣島 山登り

宮古島では見れない山が織りなす美しい景観に感謝が溢れる。

石垣島 山登り

八重山そばも美味しく頂く。

八重山そば コニワト

腹ごしらえしてから滝!!!
淡水!!宮古にないやつ!
ロープ使ってターザンジャンプしたり
滝登ってジャンプしたり
とにかく飛びまくった~~!!

石垣島 川遊び 滝

宮古にない都会遊びもショッピングとかカフェとか歩いて回りやすいのが石垣の魅力。
マンゴーフラッペ¥800高っ!!って思ったけど出てきたらデカくてビックリ 笑
帰りもまた虹が見えて終始虹まつりな八重山の旅。

石垣島 マンゴー

たった2泊だったけど想像以上に楽しかった!

宮古島に戻り、久しぶりに感じる我が家のウッドデッキでコニとごろんしてたら流れ星。
石垣を楽しんでから戻る宮古島も最高さー。

二人旅 コニワト 夏休み

2人の大きな成長に出逢えた夏休み前半戦。
そんな彼らは初めて2人で2週間、四国の主人の実家へ帰省中。
また川遊びに阿波踊り、シネコンも初体験 笑
本当に初めてだらけの夏休み。
今日帰ってくるよ!!!!
楽しみ過ぎる。
どんな顔して帰ってくるかな?

彼らは何でも出来る。
子どもを尊敬出来るって素敵だ。


Instagramではリアルタイムに日々の生活アップしてるのでそちらもフォローしてもらえると嬉しいです❤
https://www.instagram.com/michico_mano/

10年前の5月の終わり、旅の果て。

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早くも終ってしまった5月。
始まったばかりと思ってた今年が
もうすぐ半分だなんて
笑っちゃうな。

宮古島 海遊び バラス 八重干瀬

お店なんかをやっていると
時々聞かれる宮古島移住の理由。

宮古島 キビ畑

「海が好きだから」でも
「田舎で子育てをしたくて」でも
「観光地でお店を開きたかった」でもなく
気が付いたら
海に恋して、田舎子育てして、お店を開いて暮らしてただけ。

もしかしたら理由って特にないのかも。。。
でも、流れはあった。
一つの旅路。

宮古島 海遊び 八重干瀬

2006年メキシコの田舎町で
「みやこ」という地名を初めて知った。
宮古島にキビ刈りとか季節労働しながら住んでいた友人から聞いたのだ。
そう、最近パパになった大好きなアイツから。

宮古島 海遊び 赤ちゃん

その頃私は初めて
東京の実家から出て暮らしてた。
3カ月の予定で旅に出たメキシコで。

宮古島 海 ビーチ

家族と仲良しだったし
東京は仕事もあるし
実家を出て暮らすなんてイメージを持たぬまま
20代半ばになった私は
やりたかった仕事に恵まれ
1日14時間労働を必死でこなし
すし詰めの小田急線に揺られる
それなりに色の白い女だった。

宮古島 海遊び 八重干瀬

そんなんがメキシコ来てみたらしっくり。
帰りの航空券は煙となった。

宮古島 子育て

当たり前に暮らしていた「東京」は
離れてみると恐怖に似ていた。
全く帰れる気がしない。
メキシコに一年暮らした後、私は旅人に。
計画的に動くタイプだった私が
無計画に明日の自分を自由に暮らす生き方はチャレンジだった。
キューバ行って
NY行って
そっからボリビアへ飛んだ。
「まだ日本帰れないな、どうしたもんか」
そんなぼんやりした問題を抱えつつ
南米をウロウロしてた。

宮古島 海遊び

そして或る日「は!」っとする。
「日本って東京だけじゃないじゃん!!」
目からうろことはこのことだった。
本気で気付いてなかった。
「帰国してから東京以外に住んだらいいんじゃん!!
か、、、帰れる!
あー。じゃあ宮古島に住もう!」
なんで宮古だったのかよく分からないけど
それ以外の選択肢は特になかった。
ミヤコジマという音が妙にしっくりきた。
そのうち日本に帰って宮古島に住むと決めたら
何だかすっごく気が楽になったんだった。

ペルー デート

そんな風にプラプラ旅してる頃に
エクアドルで主人と出逢い、虹を孕み、帰国を決めた。
当時主人も三年出っ放しの旅人。
「日本帰ったらどこ住む?」って聞いたら
『何処でもいいよ』
「宮古島住みたいんだけどいい?」
『沖縄行ってみたかったしいいよ』
今考えると軽っ!!
そんな風にして沖縄すら来たことのない
三年日本を知らぬ若き二人が宮古島へ移住してきたのが
10年前の5月の終わりだった。

宮古島 海 妊婦

もう10年だなんて
笑っちゃうな。

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