旅する天然石とマクラメアクセサリーのお店 Macrame Jewelry MANO blog

― 宮古島暮らし 海と子どもとマクラメと ―

10年前の5月の終わり、旅の果て。

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早くも終ってしまった5月。
始まったばかりと思ってた今年が
もうすぐ半分だなんて
笑っちゃうな。

宮古島 海遊び バラス 八重干瀬

お店なんかをやっていると
時々聞かれる宮古島移住の理由。

宮古島 キビ畑

「海が好きだから」でも
「田舎で子育てをしたくて」でも
「観光地でお店を開きたかった」でもなく
気が付いたら
海に恋して、田舎子育てして、お店を開いて暮らしてただけ。

もしかしたら理由って特にないのかも。。。
でも、流れはあった。
一つの旅路。

宮古島 海遊び 八重干瀬

2006年メキシコの田舎町で
「みやこ」という地名を初めて知った。
宮古島にキビ刈りとか季節労働しながら住んでいた友人から聞いたのだ。
そう、最近パパになった大好きなアイツから。

宮古島 海遊び 赤ちゃん

その頃私は初めて
東京の実家から出て暮らしてた。
3カ月の予定で旅に出たメキシコで。

宮古島 海 ビーチ

家族と仲良しだったし
東京は仕事もあるし
実家を出て暮らすなんてイメージを持たぬまま
20代半ばになった私は
やりたかった仕事に恵まれ
1日14時間労働を必死でこなし
すし詰めの小田急線に揺られる
それなりに色の白い女だった。

宮古島 海遊び 八重干瀬

そんなんがメキシコ来てみたらしっくり。
帰りの航空券は煙となった。

宮古島 子育て

当たり前に暮らしていた「東京」は
離れてみると恐怖に似ていた。
全く帰れる気がしない。
メキシコに一年暮らした後、私は旅人に。
計画的に動くタイプだった私が
無計画に明日の自分を自由に暮らす生き方はチャレンジだった。
キューバ行って
NY行って
そっからボリビアへ飛んだ。
「まだ日本帰れないな、どうしたもんか」
そんなぼんやりした問題を抱えつつ
南米をウロウロしてた。

宮古島 海遊び

そして或る日「は!」っとする。
「日本って東京だけじゃないじゃん!!」
目からうろことはこのことだった。
本気で気付いてなかった。
「帰国してから東京以外に住んだらいいんじゃん!!
か、、、帰れる!
あー。じゃあ宮古島に住もう!」
なんで宮古だったのかよく分からないけど
それ以外の選択肢は特になかった。
ミヤコジマという音が妙にしっくりきた。
そのうち日本に帰って宮古島に住むと決めたら
何だかすっごく気が楽になったんだった。

ペルー デート

そんな風にプラプラ旅してる頃に
エクアドルで主人と出逢い、虹を孕み、帰国を決めた。
当時主人も三年出っ放しの旅人。
「日本帰ったらどこ住む?」って聞いたら
『何処でもいいよ』
「宮古島住みたいんだけどいい?」
『沖縄行ってみたかったしいいよ』
今考えると軽っ!!
そんな風にして沖縄すら来たことのない
三年日本を知らぬ若き二人が宮古島へ移住してきたのが
10年前の5月の終わりだった。

宮古島 海 妊婦

もう10年だなんて
笑っちゃうな。

白靴下に燕尾服のあいつ

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未だ
ちょっと油断すると涙が出てしまう。
だけどなにか
出力しないと進めない感じがして
泣きながらでも書こうと思った。
あれから何かが私の中で止まったまんま。

gata 猫

環人くんの入学のお祝いの翌々日。
その日は夕方
みんな出かけていて、家にいたのは
キッチンに立って
夕飯の支度をしていた私だけだった。

小学生の男の子が3人、喋る声がする。
窓から見える。
ひとりだけは私もお友達で
後は知らない子。

寝てるの?
でも目が開いてるよ。
死んでる。

聞こえた会話。
下らない。
間に受けなかった。
ただ
甘えん坊のガタが小学生の声に
反応しないで寝てるって変だなって思った。
よっぽど苦手なタイプなのかな?
人見知りしない子なのに。
そう、気になった。

気軽に死ぬっていう言葉を使う小学生がやだなって思って会いたくなくて
3人が去ってから直ぐに外に出た。

ガタって呼んだら
いつだって彼はかけてくるし
お返事もする。

だけどそこに居るはずのガタの
動かないカラダに
ハエが飛んでいた。
ガタのカラダだけ其処に在って
ガタが居ない。

ほんの40分程前まで一緒に居たのに
意味がわからなかった。

震える手で主人に電話するのは難しくて
時間がかかった。
滅多な事では怒らない主人が
落ち着け!って電話越しに怒鳴った。

待つ時間は長かった。
しゃがみ込む私を見て
近所のおばちゃんが
具合が悪いのか?って心配して来てくれた。

gata 猫

赤ちゃんの頃から滅多に泣かない
コニの大きな泣き声が
車の中から
エンジンの音をかき消してた。
家族が集まり
小さな体を囲んだ。

本当に生き返らないの!?
ってコニが言った。
私もそう思った。
魔法とか何で使えないんだろう。
何で生き返らせ方知らないんだろう。
ガリガリで迷い込んできた仔猫は
こんなに大きく育ったのに
数十分見ない間に命を失くした彼に
命を取り返してあげられないのが
不思議にも思えた。

gata 猫

ガタはまだあったかくて
柔らかくて
さっきまでここにいたんだった。
でも一体
何処にいっちゃったんだろう。
あの可愛い声とか
動きとか、甘えん坊の彼の中身は
何処にいっちゃったんだろう。
カラダを置いてどっかにいっちゃった。

gata 猫

ガタはウチの末っ子で甘えん坊。
ウッドデッキで洗濯物を干していると必ず
私の足を枕にして甘えてくる。
健二さんが庭で木工する時は
うるさいはずなのに
すぐ近くの小さなガジュマルの木陰でお昼寝するんだった。
子どもたちにいくら抱かれても
キョトンとして身を委ね
いつまでも抱っこされていた。

gata 猫

私たちはいっぱい彼を撫でて
そしてあのガジュマルの下に穴を掘った。
庭中の花を摘んで優しくガタを包んだ。
そしていっぱいありがとうを言って
みんなで手で土を優しくかけた。
中身を失くしたガタももう見えない。
メキシコのコパールのお香を
線香代わりに一本ずつさした。
中南米の教会の匂いがした。

gata 猫

夜遅くなってから
健二さんが「最後のガタ飯あげよう」って言った。
私がキッチンで作ってたガタのご飯が
行き場を失ってまだお鍋の中にいた。
私がまた激しく泣いてしまって
コニも起きて
3人で最後のガタ飯をあげた。

今考えると私たちはガタのご飯を
エサと呼んだことがなかった。
私たちの毎日ガタ飯を作る習慣は
毎晩お線香をあげに行くことに変わった。

gata 猫

末っ子を失った環人は
前より甘えん坊になってしまった。
本当に大切な存在を失った経験を初めてした來虹はその小さいハートで沢山の新しい想いを抱いたと思う。

 gata 猫

私は猫アレルギーだから
彼を胸で抱きしめて顔埋めたり
すりすりしたりぎゅーってしたり
一度も出来なかった。
熱が出ても蕁麻疹が出ても寝込んでも
一度くらい思いっきり抱きしめたらよかった。

gata 猫

ガタの死を以って
私たちはいろんなことを学んでいる最中だ。
愛おしいヤツらにその愛おしさを
惜しみなく表現しようと思う。

生前のガタを可愛がってくれた皆さま
ありがとうございました。
ガタは一年も生きることが出来なかった。
でもその短い生涯で私たち家族に与えてくれた事はとても多かった。

gata 猫

燕尾服に白靴下。
愛する末っ子ガタ、ありがとう。

欠如から得られる尊いもの

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母子三人買い付けの旅enメキシコ。
そりゃ大変な事が少なくない事ぐらいわかってるけど
そっちに焦点合わせててもハッピーじゃないし
私たちが見てるのは楽しい事ばっかし。
でもそれも今日で終わり。
今夜のフライトで帰国だー。

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色んな当たり前をぶっ壊しながらの旅。

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歩く事の少ない、自家用車に頼った宮古島の暮らしから一変。
毎日沢山歩く。
来る前はね、ま、大変だったらタクシー乗ったらいいしーと思ってたけど
予想以上に頑張ってる子ども達に出逢えた。
疲れてグズったりもあるけど。
いっぱい歩いていっぱい疲れよう!

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東京で育った私にとっては当たり前の地下鉄やバスも生まれた時から宮古島で育ってるウチの子たちにとっては新鮮。
こういうのに乗るのって実家帰った時かインドでしかなかったもんね。
「速い!カッコいい!」って興奮してたワトくん、人混みにビビって泣いたりもしたけどすぐ慣れた。
周りのメヒカーノ達も自然に助けてくれてありがたかったー。
いつもは味わえない都会も楽しんだ。

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そして何よりこの旅で大きかったのはお父さんが居ないという状況。
宮古島での生活は夫婦共々自営業ゆえ、割といつだってお父さんに甘えることが出来る。
というか寧ろコニなんて完璧、お父さんっ子だし。
そんな日々から大好きなお父さんにしばらく会えない生活。
お父さんという存在の欠如は新しい性格を芽生えさせた。

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色んな大人に甘えまくる!!!
私と主人からじゃ得られない色んな刺激。
ハンモック一緒に乗って甘えたり、しつこく抱っこしてもらったり、私以外の大人たちとお出かけしてみたり、お菓子かってもらってこっそり食べたり、スケボー教わったり、音楽やったり、、父性の欠乏感から生まれた新しい2人、いっぱい学んでめっちゃ楽しそう。

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スペイン語にもすっかりハマりつつ、関西弁までコピーしてるし。
ワトはともかく、コニが家族以外の大人にあんなに全力で甘えてるの初めて見たー。
変でカッコいい、楽しそうな沢山の大人たちに出逢えて良かったね!
大人って楽しいんだぜ〜♪いいだろ〜。

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私は私で子供達の新たな発見と仕事する時間を有り難く受け取り、充実〜♪
沢山の大人たちと関わって育つって最高にギフトな日々だよね。

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周りを気にせず思いっきり甘えるって多分、超気持ちいいハズ。
お父さんにはちょっと寂しい思いをさせちゃってるけど、子供達の成長にはとってもいい選択だったわーーと思う。
家族円満な我が家にとってあえて作り出さないと無いシチュエーション。
いつもは家族で完結しちゃうことも一気に広がった感じ。
お父さんとの旅バージョンもそのうち実行して欲しいわー。

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何かを与えるだけじゃなくてちょっと遠ざけてみること。
それが新しい出逢いを生むんだね。

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春、小学生になってから難しさも感じてたコニとの関係もなんか割といい感じ。
愛おしい。
学校に対するこだわりを捨てると、本当自由。
コニも私も。
ただ、親子。
宿題はちょっとあるけどね。
日本に居るとシンプルになるのが私には困難で、この今の感じ気持ちいい。
色んな時間があって、積み重なって、構築されてく。
世界で遊びまくったらいいんだよ。
また来ようね、ちょくちょく。

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子どもたちの成長と新しい体験、買い付けに、嬉しい再会と新しい出逢いで盛り沢山
あーいい旅だった。
Viva México.

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カボチャとガイコツ

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ハロウィン。

死者の日 メキシコ サンクリ

街にガイコツが溢れる。
折角のタイミングだし、楽しんじゃえ。

死者の日 メキシコ

セントロで路上メイク。

死者の日 メキシコ

親子揃って。

死者の日 メキシコ

ワトくんは怖がって拒否。。。

死者の日 メキシコ

描いてくれたチレーナのおねーさんと。

死者の日 メキシコ

ガイコツ顔でまた飛ぶ。

死者の日 メキシコ

夜は宿でパーティー♪
みんなメイクして。
やっぱこの街に集まる日本人も大好き。
音楽最高。
あー帰ってきたーーー!!って感じの素敵な夜。

死者の日 メキシコ

カボチャスープとガイコツさん。

そして死者の日はお墓へ。
みんなで集まって、お酒飲んで、歌って。
感謝の気持ち溢れるいい時間だった。

死者の日 メキシコ

泡盛持ってきて良かった〜♪

死者の日 メキシコ

笠置さん、いっぱい飲んだね。
ありがとう。
沢山の学びと出逢いを、ありがとう。

死者の日 メキシコ

いっぱい飲んで、いっぱい歌って、いっぱい笑えた今日が本当に幸せだったな。
テキーラってやっぱり美味い。
大好きだ、サンクリ。

私とメヒコ、メヒコとコニワト

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2006年のあの日、私はどんな気分だったっけ。
きっとワクワクしちゃってるのは今と変わらないかもね。
でも綺麗にお化粧して、白い肌ってトコは今と大分違う。

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当時の私はそれまでの夢を叶えてた。
入りたかった大学に入って、学びたかった事を学び、憧れの職に就いた。
大学の同じコースの子たちがみんな目指してた仕事。
誰でもなれる訳じゃなかったし、ラッキーだった。

サンクリ

朝から終電まで渋谷のマンションの一室でパソコンと向き合う日々が週6日。
通勤電車から臨む窓ガラス越しの四季。
下北沢のの駅のホームから見上げる月に話しかけて、開いた扉に無言で進む。
毎晩同じ顔ぶれなのに言葉を交わしたことも無くてiPodで耳を塞いだ。
登戸の駅の近くで現実逃避用の小説を閉じると川を見つめるのがお決まりだった。
キラキラ。
水面に映る人々の暮らしの灯は美しかったけど私の人生は美しくなかった。
辛かった。
眠れなかった。
こんな風になりたかった?
違う。
せっかく手にしたはずの夢への路をそれてしまうのは怖かったけどあの時の私、勇気出して辞めて良かったね。
抱きしめて褒めてあげる。
10年前の私、良き選択をありがとう。

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そんな大学も会社も電車通勤できる東京実家暮らし。
仲良しな家族。
1人暮らしする理由も無い25年間に初めての終止符を打ったのがメキシコのこの街。
3ヶ月後の帰国チケットはあっという間に煙になって消えた。
私がその街で暮らした1年間は四半世紀生きた人生のどのページにもない新しい事だらけ。
いっぱい笑っていっぱい泣いて沢山のヒトに出逢った。
一番大きな出逢いは自分自身との再会。
私ってこんな人だったんだ。
知らなかったけど懐かしい。
気持ちいい。
料理も洗濯もしなかった私が主婦になる為のツールを全てメキシコが用意してくれた。
自然が大好きになった。
コーヒーも大好きになった。
好きなものがいっぱい増えてた。

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そして2016年。
初めてのメキシコから10年。
1人でドキドキワクワクしてた彼女は隣に小さいの2人引き連れて同じ様にドキドキワクワクする日が10年後に来る事、知らなかったね。
抜けるような青空の下、小さな2人の目がキラキラしてる事が母、一番嬉しい。

サンクリ

小さな2人の初めて。
見た事ないもの、聞いたことない音、知らない言語、文化、いろんな体験。
ここ数日、スケボーにハマる。
びょーーーんってなるトランポリンも初体験。
楽しそうです。
よかった。

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私や主人じゃ体験させてあげられない事をいろんな大人からいっぱいもらってね!!

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